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「歴史の英雄より、弱者を書きたい」近大卒の小説家・木下昌輝氏が直木賞候補作家になるまで

小説家・木下昌輝氏 直木賞発表直前インタビュー

2018.07.17

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芥川賞と並び、誰もが知る文学賞といえば直木三十五賞。2018年、第159回となる直木賞において、近畿大学OBの小説家・木下昌輝さんの歴史小説『宇喜多の楽土』が候補作として選ばれました。今、最も注目を集める気鋭の小説家は4年間のキャンパスライフをどのように過ごしたのか? 現在の心境は? 直木賞発表を一週間後に控える木下さんにインタビューしました。

木下 昌輝/小説家
1974年奈良県出身。近畿大学理工学部建築学科(現・建築学部)卒。
卒業後、ハウスメーカー勤務やフリーライターを経て、2012年オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作に書き下ろしを加えた連作集『宇喜多の捨て嫁』がデビュー作にして第152回直木賞候補となる。2018年4月『宇喜多の楽土』を上梓。今作が自身三度目の直木賞候補。
Twitter:@musketeers10


今も鮮明によみがえる、地下食堂で見た「幻のステーキ定食」



大阪市内にある自宅兼仕事場にてインタビュー

――歴史小説・時代小説作家として今や飛ぶ鳥を落とす勢いですが、木下さんが小説家を目指し始めたのはいつごろですか?

文章を書く仕事に興味を持ったのは高校生のころ。バレーボール部の部員同士で始めた交換日記がきっかけです。部活では万年補欠でしたが「木下の文章は面白い」と、みんなが喜んで読んでくれて。「このポジションは守らなあかん!」と気合いを入れて書いているうちに、だんだんと小説家になることを意識するようになりました。

――近畿大学では意外にも、文学ではなく建築を学んでいたんですね。

「小説家になるなら引き出しを増やしたほうがいいぞ」という友人の助言と、高校2年生から理系を選択していたこともあって、理工学部建築学科(現在の建築学部)に進みました。実家がベルトコンベアを作る町工場だったので、設計が身近にあったというのも理由のひとつでしたね。

――大学生活はいかがでしたか。

環境デザインを専攻していたんですが、とにかくサークルに入る暇もないほど課題に追われる日々を送りました。学業以外も、時間ができれば家業の工場を手伝ったり、学生支援センターから紹介してもらった短期アルバイトに行ったり。一番の思い出は卒業旅行ですが、仲間内でヨーロッパ周遊を企画したものの、みんな卒論が終わらなくて。飛行機の中でずっと製図を書いてるやつもいましたね。今となってはいい思い出で、大学時代の友だちとはいまだに、年に何度か集まって飲む仲です。

――思い出の場所はありますか?

地下食(地下食堂・現在のKURE)ですね。あのころは確か、素うどん80円、カツ丼120円とか、とにかくどれも破格の値段で。でも「玉子丼はイマイチ、チキンカツはめっちゃ分厚くて当たり」とか、自分の中で良し悪しがありましたね。本当にお金がない時はカレーうどんとライスの昼食が定番でした。そうそう、激安メニューの中にひとつだけ1000円もするステーキ定食があって、いつも「これ誰が食べるんやろ?」と気になってたんです。卒業間際のある日、初めて食べている学生を見かけた時は「あれが幻のステーキ定食か!」とちょっと感動しました(笑)

――そんなに鮮明に覚えているなんて、よほどインパクトがあったんですね。卒業後、大学を訪れる機会はありましたか?

3年くらい前、大学の近くに用事があってあの地下食がどうなってるのかと立ち寄りました。校舎がきれいになって、ステーキ定食がなくなって、だいぶ変わりましたね。でも、変わらず懐かしい光景もあってうれしかったですね。



モラトリアムが訪れて、書かなかった4年間




――小説はずっと書いていたんですか。

いえ、それが大学生の時はまったく書いていないんです。そのくせ小説家になれるのか、なれないのかと、ずっともやもやとした気持ちで過ごしていました。僕が好きな「アオイホノオ」という青春漫画があるんですが、大阪芸術大学に通って漫画家を目指していた作者・島本和彦さんの自伝的な作品で「新世紀エヴァンゲリオン」や「シン・ゴジラ」の庵野秀明監督が同級生として出てきたりするんですね。それを読んで「仲間と青臭い創作活動に励むのっていいよな、やっておきたかったな」と、建築関係に進んだことを少し後悔した時もありました……。

――学生生活には自由が広がっているからこそ、モラトリアムが芽生えがちですよね。

でも、今思い返せば、建築を学んで良かったんです。安藤忠雄や黒川紀章といった著名な建築家からいろんな刺激をもらえたし、建築も小説も、アイデアを形にする上で共通するものがあるとわかった。建築物なら、柱や梁があって、どこに壁を配して、どんな意匠の窓を設置して……と、構造体に枝葉をつけていくような感覚で設計していきます。小説も、まずはプロットを作り、そこにどうやって枝葉を茂らせるかを考えていく。根幹は近いんです。


自宅の壁には、執筆中の作品に関する手書きの系図や資料が所せましと貼られている

――確かに建築も小説も、少しずつ組み立てていくイメージがありますね。学生時代によく読んでいた本はありますか。

子どものころに『三国志』を漫画で読んで以来、歴史ものが好きでしたが、大学時代はノンフィクションにハマりました。アルコール依存について書かれた中島らもの『今夜、すべてのバーで』を読んで「人間ってこんなんになるんや」と衝撃を受けたり、『死刑囚の最後の瞬間』や『囚人狂時代』を通して極限状態の人間について興味を持ったり……。病んでたんでしょうか(笑)

――大人になると、学生のうちにもっといろんな本を読んでおけば良かったと思います。

学生のみなさんにも、好きな本を見つけて、たくさん読んでほしいですね。アニメでも、漫画でも良いと思います。大学生のころって誰しも未熟で、自意識過剰で、いろいろなものをこじらせる時期じゃないですか(笑)。そういう多感な時に触れた作品は、自分の引き出しとなって後から生きてくるはず。僕が小説家だからそう思うのではなく、どんな仕事を選んでもみんな自分の能力で戦うことになる。しかもどの分野にも天才がいて、僕たちは常に彼らと勝負して渡り合っていかないといけない。普通にやっても天才には勝てないから、引き出しから変化球を出すしかないんですよね。僕も、歴史小説に限らず純文学とかミステリーとかいろんな作品を読むのは、引き出しを増やし続けようという思いからです。


家中に置かれた本棚の上には、歴史小説家らしいコレクションも



勝者より敗者、強者より弱者を描き続けていく


――木下さんが小説で描きたいテーマとは何でしょうか。

歴史に名を残した英雄より、歴史に翻弄された人に光を当てたいという思いがあります。僕は以前、竹内流という古武道を習っていました。戦国時代発祥で「自分より強い者が訪ねてきたら降伏し、もてなし、風呂を勧めて裸になったところを殺せ」なんて姑息な手もある武道で。「何て卑怯な!」と今を生きる僕たちは驚くけど、戦国時代というのは言わずもがな、本当にひどい時代なんですよね。家を失ったことで何人もの子どもを育てきれなくなった女性が「せめて男子だけは」と女の子を殺してしまう。生きるために子どものうちから人を殺し続け、物心つくころには取り返しのつかない罪を背負ってしまう。そんな、正しくないけど、そうしないと生きられない弱い人のために作られたのが竹内流という戦い方なんです。言葉にするのは恥ずかしいんですが、僕は小説で竹内流を体現したいんですよね。


竹内流の教えが書かれた手引。いつか作品に生かされる日が来るかもしれない

――木下さんの作品を読むと、歴史上の英雄と信じられている人、悪者に位置付けられている人にもいろいろな面があることに気づかされます。

実は、竹内流の創設者である竹内久盛を滅ぼしたのが、デビュー作『宇喜多の捨て嫁』の主人公・宇喜多直家です。彼も人を欺き、のし上がって“戦国の梟雄”と恐れられましたが、主君に裏切られたり、奇病に冒されたりと、時に弱者でもあるんですよね。僕の実家は町工場だったと言いましたが、大きな会社を相手にする父の背中をいつも見ていたから強者の目線になりにくいというのもあるかもしれません。職人さんをずっと見てきて、ひとつの技術を突き詰める人にも興味があります。


最新作『絵金、闇を塗る』では独自の作風で人々を妖しく魅了した幕末の天才絵師を描く

――近日、いよいよ直木賞の発表ですね。

受賞できたとしてもそうでなくても、やるべきことは変わりません。でももちろん、受賞できれば応援してくれた方々への恩返しになるという思いはありますね。

――受賞を祈念しております! 最後に、今後の展望を教えてください。

先ほど話した竹内流の三代記を書きたいとはずっと思っています。ただこれは、自分の中での歴史小説の集大成として、申し分のない実力を身につけてから挑みたいテーマです。僕は天才じゃないけど、これからも引き出しを増やし、書き続けると思います。

――ありがとうございました。


▼参考リンク
第159回直木三十五賞候補作品


(終わり)

取材・文:山森 佳奈子
写真:増田 好郎
編集:人間編集部



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