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2020.11.06

深刻化するネットの誹謗中傷。被害者「はあちゅう」が専門家に迫る、訴訟の難易度とその罪

Kindai Picks編集部

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オリジナル記事
はあちゅう
インフルエンサー
SNS
誹謗中傷

近年、ネット上で誹謗中傷にさらされる有名人が後を絶ちません。
2020年に起こった事件では、有名・無名を問わず多くの人が声をあげ、SNS上でもその賛否について議論が活発に起こりました。

この問題はテレビでも連日報道され、政治家が「ネット上の匿名の誹謗中傷を取り締まるための法改正」について言及するなど、大きな社会問題へと発展しています。

今回は、「ネット上の誹謗中傷」に立ち向かう”はあちゅう”に、「法律で誹謗中傷を取り締まるための方法」について調査してもらいました。

※このインタビューは2020年6月に行われたものです

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ネット上の誹謗中傷に抗議する、インフルエンサーのパイオニア


はあちゅうは、ネット上で活動するインフルエンサーのパイオニア。
前回の「血液クレンジング」の記事でもご紹介したように、そのキャリアの中で幾度の誹謗中傷にさらされています。


▲はあちゅうにZoomでインタビュー

そのため、以前からネット上の誹謗中傷に対しての問題意識が強く、ネット番組で「自身のアンチと討論をする(※)」など、さまざまな抗議活動を続けています。

(※)はあちゅうがネットアンチと初めて対話

そして2020年、はあちゅうはついに「訴訟(※)」というアクションを起こしました。


(※)旦那観察日記更新お休みのお知らせ「誹謗中傷の心の疲れと訴訟準備のため、更新を一時休止」

今回の記事は、以下の2部構成。
「訴訟に至った経緯や訴訟の難しさについてはあちゅうにインタビュー」
「訴訟を進める中で感じる疑問点をはあちゅうが法律の専門家にインタビュー」


訴訟の当事者の意見と法律の専門家の見解を織り交ぜながら、「ネット上の誹謗中傷を取り締まる方法」に迫っていきます。

まずは、Kindai Picks編集部が渦中のはあちゅうにインタビューしました。



悪口・嘘の流布・なりすまし……。はあちゅうが戦う「誹謗中傷」の実害とは


編集部


はあちゅうさん、今日はよろしくお願いいたします。まずは、今回訴訟というアクションを起こした理由を教えていただけますか?



はあちゅう


私は約16年間ネット上で活動しているのですが、その中でたくさんの誹謗中傷を受けてきました。これまでは、自分のメンタルを強くしようと頑張っていましたが、同時に、壮絶な嫌がらせの実態を社会に訴える努力をしてきました。



はあちゅう


でも、嫌がらせの現状を訴えれば訴えるほど、アンチは「自分たちの行動が効いている」とやりがいを感じてしまうのか、嫌がらせが激化し、精神的な負担や仕事・家族への影響を考えて限界を感じました。そこで弁護士の先生に相談して、訴訟というアクションを起こしました。






編集部


このタイミングで(2020年5月)というのは、自身への誹謗中傷だけでなく、誹謗中傷による被害者が目に見えて増えてきたからですか?



はあちゅう


誹謗中傷による被害は年々深刻化しているので、今までとは違うアクションを起こさなければならないと感じました。これまでは「有名税だから仕方ない」という意見が多々あったのですが、ネット上の誹謗中傷のひどさや、そのダメージの大きさが世間に伝わったことで、社会の風向きが変わりつつあると感じています。



編集部


誹謗中傷のひどさやダメージとはどのようなものなのでしょうか?もし紹介できるものがあれば教えてください。



はあちゅう


妊活本を出して売れたタイミングで妊娠を公表し、妊活を炎上商法に利用したという趣旨の(※)ライターさんのツイートが拡散しました。妊活投稿の時系列表現がわかりにくかったことなど自分にも反省点がありますが、ビジネス目的で妊娠を意図的に隠していた事実はありません。「妊活についての本を出して売れたタイミングで」というのも、デマです。



はあちゅう


しかし、投稿が削除された後も「妊活をビジネスに使った」というところだけ独り歩きして、「妊活本のプロモーションおつかれさまです」「流産してもコンテンツにしてくださいね!」などのメッセージがたくさん届きました。「流産しろ」と血まみれの赤ちゃんの画像が送られてきたことや「都内の助産師ですが、あなたがきたらどうしてやろうか」などの脅迫めいたものもきました。



編集部


かなり悪質ですね......。その影響は現在も続いているのでしょうか?



はあちゅう


息子が産まれた今も、子育てについての何気ない投稿に「お金儲けのために産んだ子ですよね」「子供をビジネスに使うんですね」などのコメントがきたりも。●●をビジネスに使っているとか「炎上商法」って昔からのお決まり文句の一つです。

妊活について悩んでいたことは事実で発信はビジネス目的ではありません。悩みぬいて投稿したものをお金目的とされ、攻撃の対象になることがどれだけ辛いか。炎上して損をしたことはあっても、得をしたことなどはありません。

私を「悪者」だと思っている人は私の活動をやたら「お金儲け」「炎上商法」と決めつけるふしがあります。良かれと思ってやったことや、何気ない行動・発言まで「お金儲け」「炎上を狙っている」というレッテルを貼られ、そういったイメージがどんどんネットで膨らみ、新たなネガティブ投稿に結びつく。その連鎖に苦しんでいます。




(※)「トイアンナ」さんによるデマツイートの拡散について、弁護士を通して対応しました



【はあちゅうが受けたネット上での被害例】

  • ファンを装ってコメントで質問された内容に答えると、後で返答内容をバカにしたツイートをあげられる(アンチがファンになりすましていた)

  • はあちゅうの名を使って、レビューサイトに訪問したことのないお店の悪口を書かれたり、ホテルに宴会の予約や問い合わせをされたりする

  • 匿名掲示板とツイッターで「児童虐待通報」運動を起こされ、自宅に警察と児童相談所を呼ばれる

  • 在日韓国人である、○○とラブホテルから出てきたなどのデマを広められる

  • 「はあちゅうに抱っこされていると、子どもがいつも嫌がっている」「よくそんなに嫌われてるのに平気で生きていられますね」など精神的に追い詰めるようなメッセージを送られたり、SNSに書かれる

  • アマゾンレビューに書籍の発売前から低評価がつく。

  • セクハラ告発の #metoo 活動や妊活など、活動をいちいち本を売るためのプロモーションと決めつけられ、炎上商法呼ばわりされる

  • アンチがファンを装って「こんな悪い記事がありました!心配です!」とわざわざ自分について悪く書いた記事やツイートのURLを送ってくる



編集部


嘘の事実で追いつめられるというのはあまりに理不尽に思えます。いわれのないことで延々攻撃されると、精神的にもかなり追いつめられるのではないでしょうか?



はあちゅう


死にたいと思ったことも実際に何度もありますよ。でも、私が死んでも「いい気味」「死んで当然」などと言われるだけ。そして、私が死ぬこととアンチの追い打ちで、今度は家族が死にたくなるくらい追い詰められると思います。



はあちゅう


なので、死ぬくらいならこの命を使って、他の人が死にたくならないように、SNS社会を変えようと思いました。心のなかではすでに何度か死んでるので、イメージが悪くなってもいい、そもそも死んでるし、と思って戦っています。ファンの方たちからの心のこもった応援メッセージも、いつもエネルギーになっています。



編集部


誹謗中傷の罪の深さについて考えさせられます。相当な決意で今回の訴訟に臨まれているということが伝わってきました。



はあちゅう


松坂桃李さんと山本美月さんが主演の「パーフェクトワールド」というドラマの中に、ある人が自殺しようとする描写があります。その時、自殺を止める人が「どうせ死ぬなら、やれること全部やってから死になさいよ!」と言って止めるんです。死にたいくらいつらい時は、いつもこの言葉を頭の中で反芻します。「徹底的に戦おう」と思っての、今回の裁判です。



被害者が浮かばれない。訴訟準備で襲いかかる負担


編集部


実際に訴訟を進めてみて、どのような部分に難しさを感じますか?



はあちゅう


ひとつは理解者がなかなか得られないことですね。私のアクションを理解してくれない方もいますし、「訴訟」という言葉がネガティブなイメージにつながり、広告などのお仕事が遠ざかる可能性もあります。もうひとつは、金銭的な負担です。訴訟にはお金がかかるのに、そもそも勝てるかもわかりませんし、勝ったとしても賠償金は多いわけではありません。



はあちゅう


そして、訴訟に必要な資料を自分で準備しなければならないのも大きな負担です。自分への悪口を精査してまとめなければならないので、かなりの精神的な負担が伴います。子育て、仕事に加え、裁判…時間の余裕がなくて、「私は何のためにこんなことを?」と思います。でも、その度に「こんなことをしなくていい世の中にしたい」という気持ちが湧いてきて、なんとか頑張れているという状況ですね



編集部


なるほど……。期間も相当かかりそうな気がします。



はあちゅう


匿名の場合、弁護士の先生に資料を提出してから「裁判所への提出・運営への開示請求・プロバイダーへの開示請求」など、いくつものハードルを越えてやっと誹謗中傷をした人物を特定できるんですよ。おそらくですが、一連の手続きに一年はかかると思います。






編集部


あまりにも被害者の方が浮かばれないような仕組みになっている気がします……。実際に訴訟を起こしてみて、課題や問題に感じる部分はありましたか?



はあちゅう



この負担をもう少し軽減できるようにならないと、なかなか訴訟が増えないと思います。例えば罰則を強化して弁護士さんが受けやすい状態を作るとか、法律や構造を見直さない限り、この問題は解消されないと感じています。



編集部


ありがとうございます。次は、法律の専門家にはあちゅうさんが感じている違和感や疑問をぶつけていただければと思います。現状で、どんなことをお聞きしたいと思っていますか?



はあちゅう


なぜ、訴訟までのプロセスがこんなにも負担が大きいのか?誹謗中傷の加害者にはどのような罰則が適用されるのか?誹謗中傷と表現の自由の境目は?海外ではどのような法律で誹謗中傷を規制しているのか?など、聞きたいことがたくさんあります。





近畿大学法学部「辻本教授」が語る、ネット上の誹謗中傷を取り締まる難しさ


次は、はあちゅうさん×法律の専門家のインタビュー。
血液クレンジングの記事でもお話を伺った近畿大学法学部法律学科の「辻本典央」教授にお話を伺います。


▲辻本典央(ツジモト ノリオ)教授 / 法学部 法律学科 / 博士(法学)

では早速、はあちゅうさんに疑問をぶつけてもらいましょう。


はあちゅう


辻本教授。血液クレンジングの件ではお世話になりました。今回もよろしくお願いいたします!最近のネット上の誹謗中傷問題を先生は法律の専門家としてどのように見られていましたか?



辻本教授


有名無名問わず、どんな人とも対等にコミュニケーションを取れるのがSNSの大きな魅力ですよね。ただ、一般の方は匿名で登録していることも多いので、トラブルになったら被害者は相手を簡単に特定できない。特定ができないから、さらに好き放題発言できるという状態になっている。これは、SNSの構造上の問題なのだろうと感じています。






はあちゅう


私も含めて訴訟というアクションを起こしている人もいますが、ネットの誹謗中傷を法律で取り締まるのはやはり難しいことなのでしょうか?



辻本教授


加害者が特定の誰かではなく、不特定多数というのがポイントですね。率直に言うと、現状の法律ではネット上で誹謗中傷をした人を見つけ出して、全員にその責任を問うていくというのは非常に難しいことだと思います。



はあちゅう


なぜ難しいのでしょうか?その理由を聞かせてください。



辻本教授


誹謗中傷で罪を問うものとして、「名誉毀損罪」または「侮辱罪」の規定があります。特定の誰かまたは少数のグループが、誹謗中傷にあたる発言を何度も繰り返しているとか、何千何万回とリツイートして拡散しているという場合は適用しやすいと思います。しかし、今回のようなパターンは、不特定多数の人がそれぞれ一度だけとか、気軽に行った結果、数が膨大に膨れ上がったという現象です。その一人ひとりに名誉毀損罪や侮辱罪を適用するのは難しいということです。






はあちゅう


では、膨大な誹謗中傷の中から特にひどい人をピックアップして、その人の責任を追及するということは可能なのですね。



辻本教授


その方が罪を問える可能性は高いと思います。ただ、人物を特定するためには、SNSの運営会社とインターネット回線を提供しているプロバイダーに、対象者のIPアドレスや氏名・住所などを開示してもらわなければなりません。ここが相手を特定できるか否かのハードルになりますね。



辻本教授


場合によっては、運営会社やプロバイダーを相手に争うというようなことも必要になるかもしれません。とはいえ、最近ではリツイートしただけでも罪を問うことができるようになってきました。開示請求が通れば、匿名であっても以前よりは勝てる見込みがあると思います。





名誉毀損罪・侮辱罪・脅迫罪……。誹謗中傷で適用される罪状





はあちゅう


やはり、特定までの期間が長くなりそうですね……。名誉毀損罪と侮辱罪というお話がありましたが、それぞれどのような場合に適用されるのかを教えてください。



辻本教授


名誉毀損罪(※)は、嘘の事実や情報を流布して、その人の社会における評価を害したときに該当する罪です。嘘の事実か否かが争点になるので、比較的わかりやすいかと思います。侮辱罪(※)は、事実や情報を流布するのではないかたちで、やはりその人の社会的評価を害したときに該当します。表現の自由との関係で、前者のような虚偽の事実を流布する場合よりも、正当な批判・評価として保護を受ける側面があるため、名誉毀損に比べると侮辱罪は適用するのが難しい罪だといえます。



(※)名誉毀損罪
事実を摘示し、公然と、人の社会的評価を低下させた場合に成立する罪。3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金を法定刑とする。

(※)侮辱罪
事実を摘示せずに、公然と人を侮辱した場合に成立する罪。拘留または科料を法定刑とする。


はあちゅう


例えば私は「金儲けを覚えたメスゴリラ」などの悪口をネット上に書かれているのですが、このような表現はどうなのでしょうか……?表現の自由に守られる範囲とそうでない場合の境目について教えてください。






辻本教授


侮辱罪に該当するか否かという問題になるかと思います。きわめて悪質な発言だと個人的には感じますが、「その発言で相手の社会的な価値を引き下げたか」という観点でみると、責任を問うのは難しいでしょう。言われた本人の気分は害されますが、社会的な価値が下がったかというと、そうは言い切れないからです。ただ、「何千何万回とその発言を繰り返している」「文脈に関係なく人格を否定してくる」など、過剰性が認められれば侮辱罪が適用されることもあります。



はあちゅう


在日韓国人だとか、○○と不倫しているとか、嘘の情報を流されたことも多々あるのですが、このような場合はどうなのでしょうか?



辻本教授


嘘の拡散は名誉毀損罪に該当しますし、侮辱罪よりも訴えるハードルが低いと思います。なぜなら、世間の人は嘘の事実を前提にはあちゅうさんの社会的な価値を判断するからです。もしその情報が悪質な嘘であれば、「その発言によって社会的な価値が引き下げられた」と判断できます。



辻本教授


また国籍に関わる誹謗中傷は、ヘイトスピーチ(※)に該当する可能性があります。言われた人だけでなく、その国や国民・民族への侮蔑の意味が含まれるので、より悪質性が高く損害賠償の額も大きくなると思います。



(※)ヘイトスピーチ
自分から主体的に変えることが困難な事柄(人種・出身国・民族・宗教・性的指向・性別・容姿などが該当する)に基づき、個人または集団を攻撃、脅迫、侮辱する発言や言動を指す言葉。


はあちゅう


ちなみに嘘の証明とはどのようにして行うのでしょうか?言われた側が証明しなければならないのでしょうか?



辻本教授


例えばはあちゅうさんが「○○さんに嘘の事実を広められた」として訴えたとします。その発言が事実か嘘かの証明は訴えられた側に求められるので、はあちゅうさんが証明する必要はありません。






はあちゅう


なるほど。侮辱罪よりも名誉毀損罪に持ち込むことで、訴えが通る可能性が高くなることがわかってきました。ちなみに、メールやSNSのDMで直接私に送ってくる場合はどうなのでしょうか?個人間でのやりとりなので、社会的な地位を下げたとはいえないと思うのですが。



辻本教授


名誉毀損罪や侮辱罪は公然とやること、つまり多くの人が見聞きできる場所で行われているのが条件なので、個人間でのやりとりは該当しません。ただ、「殺してやる」など脅迫の内容が入ってくると脅迫罪(※)を問うことができます。さらにそれが過剰な場合はストーカー規制法(※)にかかってくるので、内容によっては訴えることが可能です。



(※)脅迫罪
相手を畏怖させることにより成立する罪。日本の刑法では刑法第222条に定められている。未遂罪は存在しない。

(※)ストーカー規制法
「つきまとい等」を何度も行うストーカー行為者を警告・逮捕することで、ストーカーの被害者を守る法律。


はあちゅう


匿名の場合は身元をつきとめるまでが大変ですが、現状の法律でもさまざまな角度から責任を追及できるのですね。



辻本教授


はあちゅうさんのような著名人の場合は、パブリシティ権(※)という権利を主張することもできるはずです。パブリシティ権とは簡単に言うと、経済的な価値を持つ有名人の氏名や肖像を守るための権利です。



辻本教授


例えば「誰かがはあちゅうさんになりすましてSNSに投稿し、その結果、はあちゅうさんの経済的な権利が害された」と認められれば、損害賠償を請求できます。不特定多数のすべてを罪に問うのは難しいですが、特定の発言者に絞ってその発言内容の詳細を明らかにすることで、可能性が広がると思います。



(※)パブリシティ権
人に備わる、「顧客吸引力を中核とした経済的な価値(パブリシティ価値)」を守る権利。




個人だけでなく運営側にも責任の追及を。誹謗中傷をなくすために求められること


はあちゅう


自分で訴訟を進めていて感じることのひとつに、プロセスの複雑さや難解さがあります。なぜこのようなプロセスになっているのでしょうか?



辻本教授


SNSも法律も、ネット上の匿名の人物を特定したり、発言を抑制したりするという前提では作られていないのが原因だと思います。ただ、総務大臣の高市早苗(たかいちさなえ)さんが「誹謗中傷をした匿名の人物を特定するまでの開示プロセスを簡略化させる(※)」など、法改正のために動いています。2020年の7月の段階で改正案の全体像を示すと述べているので、これをきっかけに大きく変わっていく可能性はあります。






はあちゅう


そうなんですね。ただ、法改正となるとまたかなりの時間がかかるように感じます。その他で何か考えられる対策はありますか?



辻本教授


個人的には法律を変えるよりも、SNSの運営会社が、サービス運営者としての責任を果たすべきだと考えています。アカウント停止やコメント削除の基準を厳格化させる、または第三者機関を設けて開示請求の基準を明確化しプロセスを簡略化するなど、被害者を増やさないためのルール作りが必要だと思います。そうなれば、自然に度を越えた誹謗中傷は減っていくはずです。



はあちゅう


個人的には罰則や規制の強化という方向もあるかなと思っているのですが、その点に関してはいかがでしょうか?



辻本教授


罰則の強化に関しては、慎重になった方がよいと思っています。なぜなら「誰でも自由に意見ができ、拡散できる」というSNSの最大のメリットがなくなる可能性があるからです。



辻本教授


先日、検察庁法改正案が廃案(※)になりましたが、廃案に至るプロセスで大きな役割を果たしたのはTwitterでした。有名無名問わず、多くの人がツイートを目にして賛同し、拡散したことで政府を動かすことができた。罰則や規制を強化することで、このようなSNSの特性が失われてしまうのは避けるべきだと考えています。



(※)検察庁法改正案の廃案
2020年6月、事総長や検事長らの定年を内閣の裁量で最長3年間延長できる特例を盛り込んだ検察庁法改正案が廃案に。SNS上で法改正に対しての抗議が活発化し、廃案への後押しとなった。


はあちゅう


発言や拡散の自由によって苦しむこともあれば、その逆もあるということですね……。ちなみに、海外ではネット上の誹謗中傷に関して、どのような対応が取られているのでしょうか?






辻本教授


少し話がそれるかもしれませんが、以前、EUで「忘れられる権利(※)」が話題になりました。これは「インターネット上の検索エンジンから個人情報を消去できるよう、Googleなどに求められる権利」のことです。実際に「ネット上に流布された自身への誹謗中傷を消すよう、運営会社に求めた」という事例が報告されています。個人の責任を問うというよりは、運営側の責任を問うという方向に動いているように思います。



(※)忘れられる権利
「消去権」「削除権」「忘却権」とも呼ばれる、インターネット上の個人情報、プライバシー侵害情報、誹謗中傷を削除してもらう権利。 過去の経歴や画像などを削除するときに使われる。


はあちゅう


ありがとうございます。今後は個人への追及というよりも、運営会社への働きかけを強める必要があるかもしれないと感じました。最後にインフルエンサーや著名人が、ネット上の誹謗中傷による被害を予防するためにはどのような対策が考えられるでしょうか?



辻本教授


決して簡単なことではありませんが、訴訟を起こすというアクションは非常に有効な抑止力になると思います。それを公表することによって、発言をやめる人も出てくるのではないでしょうか。はあちゅうさんに追従して、訴訟を起こすインフルエンサーや著名人が増えていけば、ユーザーも運営会社も法律も変わっていかざるをえません。



辻本教授


また「有名税」という言葉がありますが、有名人だろうが著名人だろうが、侵された権利に対して訴えを起こすのは正当な権利です。まだまだ苦しい状況は続くと思いますが、ぜひあきらめずに自分の訴えを貫き通してほしいと思っています。



子どもたちにネットリテラシーの教育を。誹謗中傷のないネットの世界のために


編集部


はあちゅうさん今日はありがとうございました。先生とお話しして、率直に今どのように感じていますか?



はあちゅう


個人的には名誉毀損罪になる嘘の事実よりも、侮辱罪に該当する暴言に心が蝕まれているので、なんとかしたいと思っていたのですが、訴えることが難しいと理解できました。ただ、名誉毀損罪や侮辱罪だけでなく、その他の罪状にも可能性があることがわかったので、とても勉強になりましたね。



編集部


そうですね。個人への追及とは別に、運営やプロバイダーにも責任があるという話もありました。






はあちゅう


開示請求などはあまりに時間がかかりすぎると思っていたので、そこは変わってほしいですし、変えるための努力をしなければならないと感じました。今はネットの誹謗中傷が社会問題化しているので、私と同じように法律の力をかりる人も増えると思います。

匿名の誹謗中傷と相手がわかっている場合の2種類あると思いますが、前者をなくすと同時に、後者に関しても特定個人を精神的に追い込むような「決めつけ」や「強い言葉」もなくなっていくといいと思います。私自身、著名人の方の誹謗中傷への対応に励まされたり、心の持ち方にヒントを貰っていることが多いのでこういった私の取材記事もまた誰かの勇気のもとになると嬉しいです。



編集部


先生からも「あきらめずに訴えを貫いてほしい」という言葉がありました。私たちも応援しています。最後に、匿名ユーザーへの訴訟や抗議行動の先に、どのような社会があればよいと思いますか?



はあちゅう


今のネットの状況をみると、「こんなところに自分の息子を放り出したくない」という感情が湧いてくるんですね。小中高生も当たり前のようにネットやSNSを利用する時代になってきているので、子どもたちにネットリテラシーを教育していく必要があると思っています。



はあちゅう


インフルエンサーが実体験を基に学校で講演するとか、教育に絡んでいくような活動が必要かもしれません。その先に、お互いをリスペクトしながら安心して自由に言論ができる、新しいネット社会を作っていきたいと思っています。




取材後記

「開示請求が認められる」「妊活詐欺という言葉が誹謗中傷にあたると認定された他、誹謗中傷240件の権利侵害が明白と判断される」など、取材後、はあちゅうさんのアクションがポジティブな結果につながり始めました。

また、女優の春名風花さんが「ネットで誹謗中傷を繰り返していた人物を名誉毀損と侮辱の疑いで訴え、315万4000円で示談を成立させる」など、これまでになかった判例も生まれています。

2020年に起こったネットの誹謗中傷とそれに対するアクションにより、社会のネットリテラシーやモラル、そして誹謗中傷の罪の重さが大きく変わろうとしているのかもしれません。

いつも応援してくださっている皆様へ(誹謗中傷裁判続報)


インタビューした人

はあちゅう@ha_chu

ブロガー・作家。慶應義塾大学法学部卒。電通コピーライター、トレンダーズを経てフリーに。2018年6月にAV男優・しみけん氏と事実婚、2019年9月に第一子出産。イラストエッセイ「旦那観察日記」が好評。最新刊「子どもがずっと欲しかった」が発売中。



この記事を書いた人

児島 宏明

ライター・編集者に憧れ、広告代理店に入社。SEOライターを経験した後、オウンドメディア担当に。WEBコンテンツの企画・取材・編集・撮影を担当。飲食店などの個人事業主から会社経営者まで、さまざまな方にインタビューをして記事執筆を行う。
Twitter:https://twitter.com/iroakikojima



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