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つんく♂ × 近大学長 塩﨑均対談 がんと宣告されたらやるべきこと

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日本消化器病学会健康情報誌「消化器のひろば」

2018.03.23

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OB・OG・在学生
つんく♂
学長

つんく♂さんが喉頭がんの手術で「声」を失ってから、まる3年が経過した。その間、つんく♂さんは、一度は絶望の淵に立ちながら着実に回生の道を歩んでいる。最近の話題は、母校・近畿大学入学式のプロデューサーとしての成功である。儀式の「固定概念」をぶっ壊す演出は、近大のイメージを変えるだけでなく、近大の質的な変革をももたらしている。2018年4月1日、つんく♂さん演出による式典は5周年を迎える。
*本記事は日本消化器病学会健康情報誌「消化器のひろば」No.12 2018春号に掲載された記事です。

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「声」を語る



つんく♂さん、今日は本当にお忙しいところ、ありがとうございます。



とんでもございません。よろしくお願いいたします。



実は対談の担当者から、「対談を『~Love is here ~希望の光~』のような、元気の出る、つんく♂さんの最近のエピソードから始めてほしい」との注文が出ています。



わかりました。



つんく♂さんが学ばれた「食道発声」(注1)に関心があります。上達されたようですね。



今は静かな場所であれば自分の声で話せます。騒がしい所でもスマホのアプリを使っての“筆談”で十分に会話はできます。



それは素晴らしい。つんく♂さんがパソコンを使って会話する PC 筆談が話題になりましたが、今やそれを大きく超えました。



東京港区の銀鈴会でレッスンを受けました。独学では一言も言葉にならなかったのに、初日に「あ」の声が出て、勇気が生まれました。



私は消化器外科医として、多くの食道がんの患者さんの喉頭を摘出してきました。声を失った患者さんは声の再生を願って音声回復のリハビリテーションを受けますが、つらい訓練と長い時間が必要なので脱落する男性患者さんは少なくないですね。



『~Love is here~希望の光~』は、 私が創作し歌った東日本大震災へのメッセージソングです。そして、2015(平成27)年4月4日11時すぎ、近大(近畿大学)の入学式で、この曲が BGM として流れる中、声帯を切除したことを初めて公にしました。『祝辞』の文字が巨大スクリーンに映し出され、「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。皆さんと一緒です」と。7000人の新入生らの深い吐息が広い近畿大学記念会館を走りました。



その前年の2014(平成26)年の入学式は、つんく♂さんのプロデュースで、式のテーマ「Breakthrough!」の通り、「固定概念」をぶっ壊すものになりました。



式の冒頭でオーディションで学内から選抜された女子学生16人のKINDAIGIRLS が、モーニング娘。の『そうだ! We’ re ALIVE』を歌いながらダイナミックなパフォーマンスを繰り広げました。



つんく♂さんは欠席でした。



入学式の2カ月前に、「ステージⅡの喉頭がん」と診断され、その後、猛然と喉頭がんの勉強をし、当時は懸命に、より良い治療法を探していたところでした。




がん体験は後の段でも話し合います。



結局、同じ2014年の10月に声帯摘出手術を受け、「声」とは完全に離別しました。手術の前夜、最後に僕は妻の名前をいろんな口調で何度も呼んでみました。妻は泣きながら僕の「声」を聞いていました。



(目を潤ませて)大阪からの機中で、ご著書『だから、生きる。』を読み、ご夫婦の情愛の深さを知って、つい、涙してしまいました。ところで、つんく♂さんは来年(2018年)の入学式で5回目の演出をしていただくことに なります。新入学生たちは期待に胸をふくらませていることでしょう。



「近畿大学」を語らう



つんく♂さんは近畿大学附属高校から大学へ進み、1991年に卒業された生粋の近大っ子ですね。どんな学生さんでしたか。



僕は近大のある東大阪市で育ったので、地元の大学として親しんできました。 この大学の自由な学風が好きで近大生であることを誇りにしていました。国立大学や有名大学の受験に失敗し納得しないで入学する“不本意学生”とは違います。入学式のプロデュースをお引き受けしたのは、在学中へのお返しがしたいという気持ちからです。



お話のように、学生から愛され、誇りを持ってもらえる大学を作ることが学長の責務だと考えています。そこで、私は先頭に立って教職員全員に「広報担当者になろう」と呼びかけ、実行を促しています。



大学が学生に学習へのモチベーションを持続させる体制を作れば、本意学生が増えると思います。



実例がつんく♂さんプロデュースの入学式です。以前は入学1年以内に3%が退学していましたが、昨年(2016年)は1%にとどまりました。先輩学生や教職員がワーッと盛り上げ大歓迎をしてくれるので、「この大学で頑張ろう」とか、「思っていたより良い大学」と受け止めてくれるようです。




近年の近大はにぎやかですね。近大マグロ(クロマグロの完全養殖)、原子力研究所、全学をあげての被災地復興支援、英語表記 KINDAI UNIVERSITY への変更、総志願者数が4年連続して日本一などです。


一気のご紹介をありがとうございます (笑)。企業からの受託研究数も全国トップクラスです。



僕は近大の国際性に注目しています。今、主にハワイで生活していますが、先日、留学中の近大国際学部の学生さんに出会い、「ボランティア団体を作って国際貢献をしたい」と抱負を元気に語ってくれました。



本学はグローバルな人材の養成を目的に、2016年に国際学部を創設し英会話の授業は語学専門の企業に委託しました。学生500人を1年生から留学させて、どう育つか、今、実験中です(笑)。



大学は偏差値や知名度ではなく、 学生にやる気をもたらす環境が整っているかどうかで評価すべきだと考えています。



はい。近畿大学は、最も権威ある大学の評価法・英国の教育専門誌『タイムズ・ ハイアー・エデュケーション』により実力を評価されています。2016〜17年の世界の上位800大学には、日本の私立総合大学としては慶應義塾大学、早稲田大学、近畿大学の3校がランク入りしています。



母校が次第に立派になっていくのはうれしいですね。



「がん体験」を語り合う



つんく♂さんは喉頭がん(注2) 、私は胃がんの体験者で、二人ともがんサバイバーです。がん体験を通して、まず一言を。



もう少し早く生検(注3) を受けていたら、命に匹敵する声を失うことはなかったのではないかと、ときに悔やむことがあります。



経過を聞かせてください。



2013年9月のシャ乱 Q 結成25周年記念ライブツアーで、声の状態がひどくなり内視鏡検査を受けました。「普通じゃない腫れ物」がモニターに写っていましたが、医師は「がんの可能性は99%ない」と言い、生検は行われませんでした。その後も生検は見送られました。10年以上も前から喉の内視鏡検査を受けてきており、左の声帯に変形があり、また声の不調を感じ始めていました。



長年、つんく♂さんの診療に当たってきた医師ですから声帯に少しの変化があっても、声をよく使う歌手だからということが頭にあったのだと思います。生検はがん診断の決め手になります。



別の医師から生検を強く勧められ、元の病院で生検を受けました。診断は「ステージⅡの喉頭がん」。45歳でした。その後の経過はすでにお話ししました。



医師は喉頭がんは放射線治療に抗がん剤治療を加えるとよく治ると告げたでしょう。 喉頭を構成する扁平上皮細胞は放射線への感受性が高く、がんは80~90%は消えます。



がんは治るとは言われましたが、 僕には声のない人生は意味がありません。



患者さんたちの「声を残したい」という強い要望を背景に、声帯温存の臨床研究が進みました。その結果、患者さんが声を失うことなく、がんが治癒するケースが増えてきました。頸部食道がんでは手術手技が改良され、以前は全員が喉頭を取っていましたが、 今は60%は声(喉頭)を残すことができます。



がん体験を通しての反省点は、がんに主体的に向き合わず、忙しさを口実に生検から逃げ腰になっていたことです。僕が強く要望すれば医師は生検をやってくれたと思います。体の状態を一番知っているのは自分自身ですから、体の異変に対しては自己に忠実に行動すべきだったと考えています。



がんの宣告の後、ご夫婦で懸命に喉頭がんの勉強に取り組まれましたね。



医師は喉頭がんを「標準治療」(注4) で治療していくと告げました。僕は声を残したい一心から、専門家の助言を得ながら、最先端治療から民間療法まで幅広く調べました。 最終的に選んだのが「トモセラピー」(注5) です。




トモセラピーは放射線の先進医療ですね。適正な選択だったと思います。つんく♂さんから、自分に忠実に行動すべきとのお話が出ましたが、全く同感です。私は60歳のとき、ステージⅣの胃がん、つまり生存率数%の末期がんが見つかりました。近畿大学病院長に就任した翌2005年に導入した PET(陽電子放射断 層撮影装置)の第1号の被験者でした。



もう助からないような状態ですか。



はい。死を覚悟して治療を受けずに残りの時間を生きるつもりでした。その一方で医師の思考が働き始めました。腺がんの胃がんには食道がんと違って放射線は効かないとされています。しかし欧米では放射線が有効とする研究報告が発表されています。そこで放射線と抗がん剤の併用療法を試みました。 関係診療科の教授らは否定的な意見を述べましたが、治療を続け、がんが十分に縮小してから胃はもちろんのこと、リンパ節や周辺臓器もしっかりと切除しました。結果は、元気で働く73歳がここにいます。



僕の場合は治療後もがんが消えきらず、声帯の切除となりました。でも、今、ここに元気な49歳がいます。本日は、ありがとうございました。



来年(2018年)の入学式で再会できることを楽しみにしています(笑)。

構成:高山美治 収録:2017年11月13日


【プロフィール】
つんく♂(つんく) 
1968年大阪府東大阪市出身。88年、ロックバンド・シャ乱 Q を結成(ボーカル)。91年、近畿大学商経学部(現経済学部・経営学部)卒。92年、シャ乱 Q メジャーデビュー。97年からモ―ニング娘。のプロデュ―ス開始。99年、シングル『TOUCH ME』でソロ・デビュー。2007年「高い声が出難くなったこと」を告白。09年、元モデルの出光加奈子と結婚。その後、1男2女に恵まれる。10年、シングル『To You』をリリース。11年、母校・近畿大学の一日客員教授に任命される。12年、シングル『しょっぱいね』をリリース。13年4月、近畿大学入学式に出演し校歌斉唱。14年3月、喉頭がんを公表。同年9月、「寛解」を発表。同年10月17日に10月上旬に声帯摘出手術を受けたことを発表。15年4月4日の近畿大学入学式で、声を失ったことをスクリーン上の文字で公表した。16年3月、『徹子の部屋』に“パソコン筆談”で出演。『新潮45』17年2月号に、「ガンとの闘いで僕が知った幸せ」を寄稿。「食道発声」のレッスンに懸命に取り組んだことや食道発声で家族やスタッフとは何とか意思の疎通ができるようになったことを記している。

塩﨑 均(しおざき ひとし)
1944年、和歌山県生まれ。1970年、大阪大学医学部卒。1978年、ドイツのハイデルベルグ大学に留学して病理学を学ぶ。大阪大学医学部第二外科助教授を経て、2001年、近畿大学医学部教授。2004年、医学部附属病院長。2008年、医学部長。2012年から近畿大学学長を務める。専門分野は上部消化管外科。著書に『天を敬い 人を愛し 医に生きる』『教えて! 学長先生 近大学長「常識破りの大学解体新書」』がある。



注1 食道発声「声」の回復法の1つ。食道内へ取り込んだ空気を吐き出すとき、失われた声帯に代わり下咽頭(いんとう)食道付近の粘膜を振動させる発声法。音声は自然で明瞭。道具が不要で両手が使えるが、習得に訓練と時間を要する。ほかに電気式人工喉頭、気管食道シャント法がある。

注2 喉頭がん「のど」にある気管・肺の入口部の喉頭に発生するがん。喉頭の主な働きは①発声②誤嚥(ごえん ) 防止③気道(空気の通り道)の確保。喉頭がんは声門(声帯のある部位)がんが最も多く、その上部にできる声門上がん、下部の声門下がんが続く。治療法は臨床病期によって異なる。①早期がん(Ⅰ・Ⅱ期)のⅠ期では放射線治療 に より80~95%が治癒し声は残る。化学療法(抗がん剤治療)を加えることもある。がんが残っている、あるいは再発した場合は手術が行われる。Ⅱ期のがんで発見されたつんく♂さんは声帯の温存を目的に放射線化学療法が行われたが、がんが残り喉頭を全摘した。頭頸部がんの多くは耳鼻咽喉科・頭頸部外科の領域だが、頸部食道がんは消化器外科の領域。喉頭の後ろに食道・胃腸につながる咽頭がある。

注3 生検「病気の確定診断のために生体の病変(がんなど)の一部を採取し顕微鏡で調べる検査。つんく♂さんのように全身麻酔で処置が行われる場合がある。病理検査・診断。

注4 標準治療科学的根拠に基づく「現時点での最良の治療」。固形がんの多くは「手術」「放射線」「抗がん剤」で治療されている。

注5 トモセラピー高精度放射線治療の1つ (tomotherapy)。X線ががん細胞に高い 精度で照射され、周囲の正常細胞を傷害することは少ない。有用性は広く認められており、原発性頭頸部がん(喉頭がんなど)が前立腺がん、脳腫瘍とともに保険が適応されている。

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